見守る保育

「見守る保育」って?

入園説明会で「幼保連携型認定こども園」へ移行後「変わること」「変わらないこと」の説明をさせていただきました。「変わらないこと」の一番目に「質の高い保育の提供を最終戦課題とすること」を挙げました。また、説明の中で、乳児(赤組と黄色組前半)は「マイバ保育」、幼児(黄色組後半と青組)においては、「見守る保育」を実践するなかで、質の高い保育を目指すことを説明しました。「見守る保育」については、園の加盟する「ギビングツリー保育研究会」「いしかわ保育研究会」を主な活動の場として、公開保育、セミナーに参加しながら、現場での応用(和光流)を行ってきました。また、これらの研究団体以外でもその保育理論や方法論について語られております。代表的で分かりやすい説明を引用します。https://sites.google.com/site/hoikuwikipedia/home

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日本の保育の文脈における「見守る」について

藤原寛子(2001)「子どもの発達と保育~子どもの成長を見守るということ~」『日本保育学会大会研究論文集』(54)pp.720-721

子どもの成長の見守ること:子どもを多面的・全体的にとらえ、じっくりと子どもにどのような援助が必要なのかを考えるために、「保育者が日ごろの子どもが遊ぶ姿や行動を見守る姿勢を通して、発達の状況を把握すること」⇒「ありのままの子ども」を捉えることに近づく方法
 
津守真の保育理論:子どもを見守る大人の存在=安心感と自信につながる。また、保育者には子どもを引っ張るだけではなく「子どもの後からついていく心構え」が必要である。⇒子どもが能動的に遊ぶ姿を見守りながら援助することができ、子どもの興味を理解することにもつながる
 
フレーベル以降の注目すべき保育理念(1800年代初頭~)に共通するもの:「子どもが中心に」、または「自主的、能動的な行動を促し、手助けするのが保育の役割」であるということ

森上史朗・柏女霊峰編(2000)『保育用語辞典』ミネルヴァ書房
「見守る援助」:「幼児は自由に活動を展開する中で、相互にかかわり合い、状況をつくり、葛藤体験を乗りこえたり、みずから課題をもって挑んだりして生活を豊かにしていく。このように幼児みずからが主体的にくりひろげる姿にあたたかい心を寄せながらも、保育者の指示を最小限にとどめ幼児1人ひとりの成長のようすをとらえる援助のあり方を『見守る援助』という。幼児の自由な活動を大切にするということは放任するということとは異なる」(後藤節美)
⇒2000年以前の保育用語辞典には「見守る援助」という項目はなかった。

石垣恵美子(1999)「幼児教育方法論(3)見守る保育を中心に」『聖和大学論集A 教育学系』第27号、pp.29-38
                     
見守る保育:「保育者は子どもの自由な感じ方や反応を妨げず、子どもの自然な行動過程を越えないような参加をし、励ましつつ理解を示す形で、その教育の場に存在する。」 「見守る保育」では、幼児の主体性の重視と保育者による適切な保育環境の整備が念頭に置かれている。

見守る保育に対する批判:「放任」「その日暮らし」「子どもは自身の活動をどのように選べばよいか当惑し、不安定になりやすい」

幼稚園教育要領と「見守る保育」:旧幼稚園教育要領(1956作成、1964改訂)に対する「教科中心的」という批判を踏まえて改訂された平成元年幼稚園教育要領・2000年施行の新幼稚園教育要領では、子どもの自発性・主体性が強調されている。
 ⇒「子ども中心に行なわれる受容者的アプローチは、10数年間少なくともこれまでの10数年間、歓迎される保育方法として定着し「見守る」ことが文部省の提示した幼稚園教育要領の趣旨に準拠した教育(保育)方法として位置づけられてきた」

「見守る保育」の理論的基盤:フレーベル、デューイ、アイザックス、ニイル、レヴィン=「子どもを善なる者、限りない可能性を有する者と看て、子どもの自由を重んじ、子どもを信頼して学習の場で主体的・自発的に自己活動を子どもに任せている」